花火大会の歴史HISTORY

現在の「みなとこうべ海上花火大会」は昭和 46 年に造成中のポートアイランドでケーソンヤードとして使われていたコンテナバースで打ち上げたのが始まりです。神戸 港での花火大会のルーツは更に古く、最初は 1933 年 ( 昭和 8 年 )11月7日の午後 6 時から第 1 回「みなとの祭」のイベント「神戸ナイト」として、中突堤付近の海上か ら打ち上げたのが最初です。観覧場所は中突堤、税関第 1 突堤、高浜岸壁、税関川崎波止場、萬國波止場の 5 ヶ所でした。翌年は 11月7日に中突堤付近の海上から花火を 打ち上げた他、6~8日の 3日間にわたって毎夜、大倉山公園でも花火を打ち上げました。1935 年 ( 昭和 10 年 )11月6日から 8日に行われた第 3 回「みなとの祭」では、中 突堤先端、兵庫突堤、大倉山、東遊園地、報徳商業学校校庭、須磨区役所裏の 6 ヶ所から花火を打ち上げました。1936 年 ( 昭和 11 年 ) から戦時色が濃くなり、まつりは 神事だけとなりました。終戦後の 1948 年 ( 昭和 23 年 ) の第 16 回「みなとの祭」で花火を再開しましたが、1960 年(昭和 35 年)を最後に神戸港への入港船の増加によ り港内での花火大会は中止されました。

この花火とは別に 1951 年 ( 昭和 26 年 )7月20日の第 11 回「海の記念日」に神戸国際観光協会と神戸新聞社が主催する第 1 回「海の記念日花火大会」が須磨浦海浜公園で 始まります。昼花火130 発、夜 300 発と仕掛け花火が行われました。その後主催者は、神戸海事広報協会と神戸新聞社になりましたが、1969 年(昭和 44 年)7月20日 の第 29 回「海の記念日」の花火大会で、打ち上げ場所の防波堤が満潮時に海水に洗われて花火の爆発事故が起こったため、須磨海岸では打ち上げられなくなり、翌年の 第 30 回「海の記念日」の花火大会は、神戸市港湾局がポートターミナルの活性化を図るため、造成中のポートアイランドに誘致しました。

さらに翌 1971 年(昭和 46 年)7月20日の第 31 回「海の記念日」花火大会には、神戸市港湾局が主催者として参画することになり、この年が第 1 回「みなとこうべ海 上花火大会」になりました。当初は 400 発から 700 発程度でしたが、打ち上げ場所をメリケンパーク沖に変更した 1987 年 ( 昭和 62 年 ) には 2,000 発台に増やし、2001 年(平 成 13 年)に 3,700 発、翌 2002 年(平成 14 年)に 4,000 発、2004 年(平成 16 年)に 5,000 発、そして、2009 年(平成 21 年)以降は尺玉も入れて 1 万発以上の兵庫県下最大規模の花火大会となっていましたが、今年は神戸開港150年を記念して、15,000発とし、関西最大規模の花火大会となります。